平家琵琶の豆知識

平家琵琶の相伝者の立場から、やや専門的な解説をするブログです

平家指南抄

『平家音楽史』には、「平家指南抄」なる文献の引用があります。誰が何時ごろ書いたものなのかは述べられていませんが、いわゆる口伝をまとめたものと思われます。
引用されているのは、望ましくない語り方・環境を述べた11項目です。

  常に嗜むべき事
一 目を閉て語る事。(是は平人の事なり)
一 人をしかる様に語る事。
一 手すさみをして語る事。

目の見える人は譜本を見ながら語る慣わしです。お坊さんは経典を見て読経したり、オーケストラの皆さんが楽譜を見て演奏したりするのと一緒です。平家物語を「語る」ことが第一であり、また、目の見える人は暗譜をしない余裕で座の雰囲気をみて語りなさいという意味もあります。
もともと大声というわけでもないのに、わざと大きな声を出したり、がなり声を出すと、聞くほうも語るほうも疲れます。
左手は琵琶の柱(じ:フレットの部分)がある鶴首を、右手は撥を持って語るわけですが、弾かないときに手遊み(てずさみ)すると、聴衆はその手の動きに気をとられてしまいます。

一 文字聞へぬ様に語る事。
一 調子高く出す事。
一 声ふとくほそく語る事。
一 頭をふり顔しはむ事。

平家物語を「語る」ことが大切ですから、詞(ことば)が聞き取れなければ意味がありません。子音や単語を考えて、きれいな発音を心がけます。大きな声をめざすあまりにダミ声や鼻声にすることは好ましくありません。
自分の声域に合った音高より高い音にすると、高い音域の曲節(きょくせつ:旋律の形式)が聞き苦しくなります。また、自分の声量よりも大きな声を出すのも、聞き苦しくなります。
得意なところを大きな声で、そうでないところを小さな声で語るのも、聞き苦しいものです。最初から最後まで同じ声量で語れるように、バランスを考えなければなりません。
手遊みと一緒で、語るときに旋律と一緒に頭全体が動いたり、あたかも一生懸命語っているかのように顔をしかめたりすると、聴衆はそちらに気をとられてしまいます。体を動かすのも好ましくありません。

一 貴人の御杯の時長平家語る事。
一 席へ語り出て長調子調へる事。
一 語中聴衆咄たばこ遠慮の事。
一 衆人語終らぬ内は杯取合興かましき事。

身分の高い方の前で語るときは(お食事や宴の前になりますので)長時間にわたって語ってはいけません。結婚式や祝賀会などで乾杯の前のスピーチが長いと、皆さんもイライラしますよね?
さあ、語りだしますよ、というときになって、延々と琵琶の調弦をしてはいけません。調弦は事前にすませておくものであり、語る前に簡単に確認するにとどめます。(調弦が狂っていても、手際よく調えます。)
聴衆に対して、「語り」が終わるまでは、おしゃべりやタバコは遠慮して下さいと伝えておきましょう。聴衆のみならず語り手もそちらに気をとられてしまいますし、タバコの煙で声の調子が変わることもあり得るのです。
聴衆も、語り手が語り終えるまでは、お酒や食事などに興じてはいけません。
だいたいこんなところでしょうか。
要は、平家琵琶の語りは(目で読む平家物語ではなく)耳で聴いて読む平家物語なので、聴衆それぞれが自由に解釈をすすめられるよう、語り手は目障りな動きや耳障りな発声を慎み、聴衆も互いに気を遣いましょう、ということです。
ちなみに私は、上記をめざして日々修行中です。師匠の館山宣昭師の語りや、その父である館山甲午師のテープは、肩の力が抜けており、それでいて気とか品とかを感じさせる、指南抄のとおりの語りです。あせらずたゆまず精進精進。