平家琵琶の豆知識

平家琵琶の相伝者の立場から、やや専門的な解説をするブログです

那須与一 徹底解剖2

(ひろい:合戦の場面を勇ましく語る)
与一、其頃は未だ二十斗の男也。褐(かち)に赤地の錦を以て、壬(おおくび)衽(はたそで)彩へたる直垂に、萌黄匂の鎧着て、足白の太刀を帯き、二十四指たる截生(きりう)の矢負い、薄截生に鷹の羽割合せて矧だりける莵目(のため)の鏑をぞ差添たる。滋籐の弓脇に挟み、甲をば脱で高紐に掛、判官の御前に畏まる。

二十歳そこそこの与一は、衿と袖先を錦にしたかち色*1の直垂*2と、緑のグラデーションとなっている鎧を着て、銀の太刀、24本の矢*3と大きな音が出る鏑矢を持ち、籐をよく巻いた弓を脇にかかえ、兜は脱いで、義経の前にかしこまります。
合戦装束の多くは、口説か拾で語ります。平家物語には「異本」が多くあり、合戦装束の記述についても諸本で少しずつ異なりますが、平家琵琶の詞章は「記述の順番が統一されている点」が特徴です。装束を着装順に記述し語ることで、聴衆は登場人物の姿を明確にイメージできるのです。ちょうど自分だけのアバターを作成している感覚でしょうね。

口説(くどき:会話を淡々と語る)
判官、いかに与一、あの扇の真中射て敵に見物せさせよかしと宣へば、仕とも存じ候はず、あの扇射損ずる程ならば長き味方の御弓矢の疵にて候べし。一定仕らふずる仁に仰せ付らる可もや候らんと申しければ、判官大きに怒って

義経は与一に、あの扇を射てみよと伝えますが、与一はもし失敗したら味方全員の恥となる(責任が重過ぎる)ので他の方に仰せ付け下さい」と申し上げます。ところが義経は怒り出します。
素声でなく、口説で会話を語ることで、与一の戸惑いが表れるように思います。

強声(ごうのこえ:大声の場面をあらわす)
今度、鎌倉を立て西国へ赴かんずる者共は、皆義経が命をば背くべからず

「鎌倉から一緒に(義経の部下として)西国での軍に望む者は、自分(義経)の命令に背いてはならない!」
大河ドラマでは、摂津から阿波へ向かうにあたり、同様の発言をしていました。義経はこの場面で、300人余の軍勢に聞こえるよう、大声を出したのでしょう。ちなみに語る音域は少し高くなりますし、力強く語るための口伝がありますが、決して大声で語るわけではありません。一句を通して語るとき、声量を変えるのは下品とされています。

素声(しらこえ:会話を、節をつけずに語る)
それに少しも子細を存ぜん殿原は、是より疾々鎌倉へ下らる可とぞ宣ひける。与一、重ねて辞せば悪かりなんとや思ひけん、左候はば、はづれんをば存じ候はず。御諚で候へば仕てこそ見候はめとて御前を罷り立つ。黒き馬の太ふ逞しきに、丸ぼや摺たる金覆輪の鞍を置て乗たりけるが、弓取り直し、手綱掻繰て、汀へ向いてぞ歩ませける。

義経は「異論を唱える者は即刻鎌倉に帰れ」と宣言します。これ以上辞退できないと思った与一は「必ず的を外すというわけではないし、仰せとあらば試して見ましょう」と義経の前を去り、黒い馬に、金で縁取りをした鞍を置いて、汀に向かいます。
義経の大声の感情も、与一が意を決するところも、静かに朗読します。感情の起伏の激しいときこそ静かに語ることで、聴衆の脳裏には、かえって人物像が浮き彫りになるのです。

*1:藍染。勝ち色として多く用いられた。

*2:ひたたれ:鎧の下に着る合戦装束。大相撲の行司の装束の原形。

*3:「指たる」をどう訳すかは、諸説あります。